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こんにちは。
カイゼン研究会 宇賀です。
今回のテーマは
「測定すること」についてです。
私は職業柄
「測定できなければ改善できない」
という考えに染まってしまっていますし
もっと根本にさかのぼると
「測定できなければ科学でない」
とガリレオが言ったように
科学において始まった流れ
長さ、重さ、時間、速さ、温度、、
測定こそが進歩につながっているという
思想と実績が
企業やビジネスにも
適用されるようになった結果でもあります。
「測定できなければ管理できない」
ドラッカーや品質管理のデミング博士も言い
カウントできる(測定できる)
は会計(アカウント)ともつながり
あらゆる面で
測定することが
企業の最重要事項になっていきました。
しかし
この一見メリットしかないように見える
「測定」にも実は弊害があります。
普段、
見える化、測定が大事と言っておきながら
急に反対のことを言うようですみません。。
測定にも良い面と悪い面があるという話です。
2つありまして
1つ目は
測定する情報です。
かんたんなものを
測定してしまいがちになるという弊害です。
基本的に
何かを測るというのは
何かと比較して差を発見するという目的があります。
それ自体、単体では
良い悪いを決めることはできません。
あまりにも
データを収集するだったり
記録するということが
日常の仕事で当たり前になっているため
これが忘れられ、
測定するということばかりに
時間をかけているということがあります。
例えば
よくあるのがインプットのみを測定することです。
会社でも
投入したお金やリソースを測定し続ける
それ自体を前年比などで比べる
今年のインプットVS去年のインプットというのは
よくありますが
結局アウトプット、
成果がどれだけだったのかで
その測定したインプットの意味は変わります。
大きい話だと
国の予算がいくらになるは
毎年測定、集計されニュースになったりもします。
(去年よりどれだけ増えたか、減ったか)
そして
予算に対して実績はどうだったかというのも
報道は少ないですが、測定はされています。
しかし
これはすべてインプットの話です。
(どれだけお金を使う、使ったか?)
本来は
それぞれの投入に対して
どれだけの効果があったか、成果があったかを
測らないと本来の目的は果たせませんし
比較、妥当性というのが良くわからないまま
作業だけに時間をかけている状態となっています。
これは大きな例ですが
会社などでも
残業がどれだけだったかというは
毎日記録されていますが
これもインプットの記録です。
アウトプット(仕事の量)がどれだけあったかを
測定することで初めて、
そのインプット量が良いのか悪いのか
ということを検討できるようになります。
工場を例にとると
1分でできる製品を500個作った。
(500分のアウトプット)
残業時間は120分だった。
480分+120分=600分のインプット。
ここで初めて
あれ、何か変だな?となります。
片方だけでは
前年比や先月比といった
時間で比べることしかできず
あまり有効ではないのですが
そういったことは
よく起こっています。
インプットの測定の方が
簡単である場合が多いので
そのような習慣が残ってしまいます。
2つ目は
測定結果での評価や
拘束力が強すぎる場合です。
目標数値の方が分かりやすいかもしれません。
仕方のないことですが
科学からビジネスに測定が
持ち込まれたことでの変化は
測定して比較して
疑問や新発見を見つけるという目的から
測定結果そのものが目標として
おかれるようになり
それ自体がゴールになり
目標数値に責任を持つ
説明責任(アカウンタビリティ)に
なっていったということです。
そうなると
測定結果、目標数値の攻略が始まります。
本来の測定の目的とはずれていくのです。
例えば
アメリカの警察署では
検挙率が目標としておかれています。
所長はこの数値を高めることが
一つの評価指標になっているため
目標達成を狙えば狙うほど
犯罪を見つけない方が良いという矛盾が起こります。
(検挙率=検挙数÷認知事件数)
実際に
複雑な麻薬ギャングが絡む殺人事件が
起こっていたにもかかわらず
警察が死体を捨てていた(分母を下げるため)
ということが暴かれ大問題になったりしています。
この目標達成をするために
本来の目的とは真逆の行動をとることが
合理的になってしまったりする
ということとは別に
複雑で困難な問題を避けるという
インセンティブにもなっています。
(数値達成に対して効率が悪いので避ける)
他にも顕著な例で言うと
企業による不正会計なども
この目標(測定結果)の拘束力の強さから
発生します。
達成するために
架空の売上や、架空の取引を作るという
ことが行われたりします。
もともとは
売上の測定は
その中身を比較して
どこが良かった、悪かった、なぜ
という問いを生み出し
次の行動に活かすためですが
数値自体が強くなった結果
数値上、計算上、会計上の攻略が行われた例です。
教育の例でも
日本の全国学力テストでも
本来は教育の成果を測定するためでしたが
その結果にこだわるあまり
採点や成績の悪い子供を欠席させるなど、
その学校の成果を高く見せる
ということが起こったりするのも
同じような原因です。
工場の例を挙げると
異様に安定した数値が上がってくるなども
それにあたります。
毎日、稼働率は問題ありません。との報告。
経営層が
重視している指標であればあるほど
数値自体に細心の注意を払い
この数値の攻略が始まってしまいます。
(そして、お互いにそこまで細かく確認することができないともわかっています。)
こういった出来事や不正は
上司と部下
株主と経営者
経営者と管理者
お互いに疑いや不信
あきらめにつながっていき、
測定本来の目的とは
かけ離れた状態を生み出してしまうのです。
一番最初の
測定の目的に戻ると
測定というのは
自分の中の当たり前や
測定基準やあるべき状態
予想していた状態との比較のために行います。
そして
中でも良い測定というのは
数値を見ただけで
なんでだろう?
という疑問や問いが生まれたり
違和感をもったり
勝手に頭が動き出すような測定結果が
意味のある状態だと思っています。
体重計に乗って
今の体重を見て
そういえば食べ過ぎたな
飲み会続きだったもんなぁ
これからは
ビールじゃなくてハイボールにしようかな。
ちょっと今日は駅まで歩くか。
体重を測定するということだけでも
数値を見ただけで
いろいろ思い浮かぶと思いますが
この一連のプロセスの中にも
(1)今の数値を知る。
(2)なんで?
(3)あ、原因はこれか
(4)次からこう対策しよう。
と頭が動き出します。
(実行できるかは別ですが笑)
測定するということの目的は
良いか悪いか監視するというよりは
何かと比較して、
疑問が生まれ、アイデアがわくこと。
会社でも
こんな使い方が組織でできれば
悪い測定にはならないと思います。
最後までお読み頂きありがとうございました。
P.S
測定の悪い面を書きましたが
工場の生産性を測定、可視化する
IoTツール「ミエルカくん」が好評ですので
試してみたい方はぜひご連絡くださいね。
長々と書きましたが
最後までお読みいただきありがとうございました。
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