おはようございます。
カイゼン研究会(a-Sol上海) 宇賀です。
noteはこちら
日本では
歌舞伎の世界を描いた
「国宝」という映画が
大ヒットしているそうですが
中国では
京劇をテーマにした映画
「戯台」が上映され
高い評価を受けています。
(以降はネタばれがあります)
京劇がテーマと言っても
基本的にはコメディ映画で
あらすじを言うと
辛亥革命前、
各軍閥が争っていた時期の北京で
京劇の大スターを揃えた興行が
予定されていました。
清軍と軍閥(袁世凱のようなイメージ)が
争いを繰り広げている中
街では、戦争を横目に
その京劇の準備や
顔なじみの客、富豪が集まり
京劇が行われるのを楽しみに待っています。
しかし、
軍閥が勝利し
現状その北京の街で
一番偉い人となったその大将が
私もその京劇を見たいというところから
ストーリーが始まります。
京劇に対して
まるで知見のない大将は
その劇場で、
ただの京劇マニアの
レストラン店主と
意気投合してしまい
その主人が京劇の大スターなんだ
と勘違いしたことから始まり
劇場側も
権力者の大将を相手に
誰も訂正できず
その素人の主人を主役として
京劇を開催せざるを得なくなります。
準備、本来主演の役者との衝突
素人でもなんとか興行を成り立たそうと
舞台裏、舞台で起こるドタバタが見どころの
コメディー映画です。
日本でも
三谷幸喜作品の
「ラジオの時間」や「ザ・マジックアワー」
に似ている本格的な喜劇であり
映画館内も
ずっと観客の笑い声が
響いているので
おもしろい喜劇が続くんだなぁ
と思って見ていると
急に裏切られます。
映画内で描かれる京劇は
「覇王別姫」という
項羽と劉邦の戦いのラスト、
四面楚歌の語源となった場面を
描いた感動的で伝統ある演目でした。
(もちろん途中のドタバタで、感動とはかけ離れるのですが、、)
その演目の最中で
戦争好きで項羽のことを崇拝している大将が
演目を途中で止め、注文を付けます。
「項羽が自殺するシーンは見たくない」
「項羽が生き残るように内容を変えて、もう一回初めからしてくれ。」と
史実をもとにした
伝統ある演目なので
演者たちも大慌てなのですが
コメディ映画としては
ここで
権力者である大将を喜ばすために
有名な「覇王別姫」という演目に
無理やり変更を加えながらも
成立させようとする、
その過程が
更なるドタバタを引き起こし
面白おかしくなるきっかけの
シーンだと思いました。
しかし、
ここからが中国映画のすごいところで
私のこんな予想や期待を裏切ってきます。
指示された
京劇役者たちは
まったく内容を変えず
それどころか
もともとコメディー要素の核になっていた
素人の主人も引っ込めて
本来の京劇役者のみで
本来の演目をイチから上演するのです。
ここまでで
コメディー映画、喜劇だと思っていましたが
雰囲気が変わり、2つの点が強調されます。
1つ目は
権力者に合わせた内容変更に対する諷刺
現代でもある
内容が不適切かどうかを
誰かが決め、
(その誰かは権力者や委員会
または、大衆からの批判などありますが)
作り手はそれに合わせざるを得ない
状況に対する諷刺にあえて切り替えています。
2つ目は
伝統は守らなければならないという強い思い。
京劇が素人や大将によって
崩されていくところが見どころでしたが
最終的には
伝統は変わらないことが価値であるということを
強調しながら進められていきます。
映画を見ている側にとっては
喜劇でしたが
伝統的な芸を
前半でめちゃくちゃにされた
京劇の文化を守ってきた役者側の視点になり
視点を変えると
喜劇ではなく、悲劇であり
命を捨ててでも
プライドにかけて守らないといけない。
と急に真面目なテーマに変わるので
かなり驚かされます。
テーマの振れ幅が大きすぎて
笑っていたら、急に考えさせられる展開となり
かなり新鮮でした。
ちょっと
話はずれますが
この映画の中には伝統芸能の敷居の高さも
隠されています。
劇中で
大将は京劇のことを知らな過ぎて
うらでかなりバカにされています。
その一例として
京劇鑑賞になれている観客は
決まったセリフや
京劇の高度な発生技法が披露されたときに
大声で「好(ハオ)!」と叫びます。
それを言うタイミングは
客同士で暗黙の了解があり
大将はそれが分からず
うまく言えないというシーンがあります。
(私も京劇を見に行きましたが、同じような経験があります。笑)
この劇中の大将を
権力者としてではなく
伝統芸能に興味を持って
初めて鑑賞に来た観客としてみると
内容も複雑で、敷居の高いものとして
一見さんを拒絶するようなシーンでも
あります。
伝統を理解している人だけが見れば良い
ミーハーやにわかファンはいらない
しかし
変わることなく、
そうしている間に
先細りしていくという問題もあります。
それに危機感を覚えた人が
初めての人でもとっつきやすい演目や
若者に人気のある漫画を原作にした演目を企画し
理解してもらいやすい作品を作ったりもします。
そうすると
また、伝統を変えるのか!
と批判が来たりもします。
この伝統的で専門性の高いものを
いかにわかりやすく伝え
次の世代に残していくか?
何を守り、何を残し
何を変えるべきか?
というテーマではなかったですが
映画の中の大将の様子を見ていると
そんなことも考えさせられます。
イギリスで
保守思想の父と呼ばれる
エドマンドバークが
「フランス革命の省察」の中で
・イギリスの名誉革命(保守派)
過去からの積み重ねである伝統の良いところは残し
問題のある所は変えていこう。
と
・フランス革命(革新派)
すべてを一気に刷新し、新しく作り直す。
この2つを比較することで、
代々受け継げがれきた伝統の良い部分まで
革命の名のもとに
刷新してしまうことは受け入れられない
ということを言っていたことを思い出しますが
いや、そもそもこの映画は
「保守」と「革新」
の話ではなく
むしろ
「芸術性」VS「大衆性」
のようなことだったかもしれない
どこかの
ロックミュージシャンが
そんなことを言っていたような気がする。
いや、
この映画はそもそも
コメディだったはず。
なんでこんなことを考えてたんだっけ、、
と
映画の急展開に翻弄され
頭が混乱しながら劇場を出ました。
P.S
駐在員向け
中国ビジネスニュースレターを毎日配信中。
